薬剤師として頑張っている娘さん

調剤薬局とは病院から処方箋をもらって実際にそのお薬を処方箋通りに調剤してくれるお薬屋さんです。
今ではあちこちに目にするお薬屋さんですが、無造作に連立しているわけではなくある一定の法則があります。
知っている人も多いと思いますがクリニックや病院の側には必ず調剤薬局と呼ばれるお薬屋さんがあります。

ちなみに、友人の娘さんが幼いころ町の調剤薬局と呼ばれる薬屋さんで
シールをもらったり指人形をもらたりと、とても優しくしてもらった事がきっかけで薬剤師を目指すようになったそうです。
今では薬剤師として頑張っているとききました。初めての調剤薬局での仕事は緊張したそうですが、アットホームでとてもいい環境とも言っていましたよ。
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友人の娘さんの仕事をしている姿を見てみたいです。
特に店頭で取り扱い医療機関などの名前を挙げているお薬屋さんもありますが、その意味は取扱い医療機関で処方されているお薬を常時在庫していますという意志表示です。
ですから例えば遠くにあるクリニックの処方箋をかかりつけのお薬屋さんへ持込むと同じお薬の在庫が無いので仕入れまでに時間がかかりますと言われる事があります。
至急でお薬が必要な場合で突然かかった医療機関が自宅より離れている場合にはその医療機関の近くのお薬屋さんでお薬を頂く事が一番簡単です。

また、何気なく提示しているお薬手帳の事を知っている人はあまりいないように感じますが、手帳は無料ですが実際には記録料としてお金を支払っているんです。
2016年4月からは手帳の持参を忘れて再発行する場合にはお金を支払う事になります。
お薬代の中には色々な項目が書かれているのですが、実際に細かい所までチェックしている人は少ないでしょう。
手帳は、健保の恩恵で1割負担の場合には10円、3割負担では40円が支払い金額に上乗せされてくるので次回の明細書に載っている内容をチェックする事でなるほどと思うはずです。

その他にも錠剤を割って処方する場合に費用がかります。
やたらに処方に時間がかかっている事にイラっとする人はいても、なぜ時間が長くかかるのか知らない人も多いのではないでしょうか。
調剤室で薬を半分に割っているのに時間を要するわけですが、機械で半分に割るにしても錠剤自体が柔らかいときちんと処方箋通り半分にする事が難しい場合があるのです。
もちろんこちらの工程にもお金がかかっていますので、半分にする事を避ける為に一日半錠を二日で一錠にする事で費用の回避が図れます。
また、時間がかかり過ぎて嫌な場合には半錠ではなく粉砕として処方を医師に書き直してもらっても大丈夫です。
費用は同じでも処方が終わるまでの時間が短縮できます。

薬剤師として思う「社会的入院」の責任の所在

日本は臭いものにふたをする、という考えしかないのだろうなと感じてしまいます。

普通、病院に入院するというとどんな時でしょう? 怪我とか病気の時くらいしか入院ってしないですよね。大けがしたって、三か月もあれば退院できることが大半ではないでしょうか。ところがどっこい。精神科に入院している患者さんは、毎年35万人ほどいます。そしてそのうちの半分程度の患者さんは、一年以上入院している人たちです。通常の感覚だと、ありえない話ですよね。その「ありえない」がありえているのが、精神科なんです。

ちなみに、一年間の間に病院に入院している患者さんは、全科合わせて毎年だいたい130万人くらいみたいです。全部の科を合わせてです。つまり、その三割近くを精神科が占めているんです。多すぎますよね。そしてその半分が一年以上の長期入院の患者さん。この現状を、どう思いますか?

しかし、この状態を作っているのが結局は私たちだというのが、一番辛い話になってくるわけです。精神科従事者には有名な言葉でしょうが、これは社会的入院と呼ばれます。社会的入院とは要するに、医学的には入院の必要がないのに、社会的な理由によって退院が出来ず入院が余儀なくされている状態のことを指します。

退院するためにはどうしても、退院するための場所が必要になります。退院という話が出るくらいのレベルの患者さんになれば、精神科の患者さんといえど、基本的に問題はありません。が、「社会」はそのようには見てくれません。自分の家の近くにキチガイが住むなんて嫌だ、うちの近くには来るな、と。そういう話になってしまうわけです。

社会どころか、家族だって嫌がる人たちがいるくらいのレベルなんです。身元を引き受けてくれる人がいないとか、おかしくなった家族には近寄りたくないだとか。実際、年に一度も面会に来てくれない方だっていますし、医療費をずっと払ってくれない家族もいますし、そもそも患者さんを残して連絡先も教えずに、勝手に引っ越していった家族さえいました。

家族でさえそうなのだから、社会が患者さんをどう見るかなんて、もっと酷いに決まっています。けれど、そんなことをいう私だって、近くに精神病の方が住むとなったらきっと「えっ」ってなってしまうと思います。家族も、社会も、そして私も。もっと、みんながみんなに優しくなれたらいいのになと思います。私は薬剤師として働いていますが、せめて自分のところに来られる患者さんには優しい対応を心がけようと思います。

ちなみに私は都会暮らしに疲れ、地方に移住して薬剤師をしています。地方は空気もおいしいし、自然は多いし、人も暖かいし、いいことづくしですよ!だからこそ、こんな考え方をするようになったのかもしれません。私が地方で薬剤師をしようと思った時に参考にしたサイトがこちらです
http://薬剤地求人地方.net

処方箋薬局の素敵な薬剤師さん

初めての小児科へ訪れた時の出来事です。
幼稚園の長女がインフルエンザで寝込んでお入り、その1週間後1歳の弟も発熱しました。かかりつけの小児科へ連れて行きたかったのですが運悪く休診日でしたので、別の小児科を調べて連れて行きました。

診察、検査してもらいましたが発熱から24時間経っていなかったせいかインフルエンザの反応は出ませんでした。先生もインフルエンザではないような気がするとおっしゃり、一般の風邪薬とインフルエンザ用のタミフルと2種類のお薬を処方してくれました。この小児科に初めて受診したからなのか先生はとてもよそよそしく、問診もうつむき加減でイマイチ信頼性に欠ける印象の先生でした。

その小児科では処方箋薬局が隣接されており、隣の処方箋薬局へお薬を受け取りに行った時の出来事です。
受付は女性の方でしたが、お薬が2種類あることに疑問を感じられたのか薬剤師の方が出てこられました。その方は男性で背が高くがっしり体型で、今までお会いした薬剤師さんのイメージを覆すような素敵な方でした。処方されていたお薬が普段なら同時に処方されるはずのないお薬だったらしく、子供の病状についていろいろ質問されました。お薬の飲み方や注意点も丁寧に教えていただきました。とても説得力のある話し方をされる方でこちらをしっかり見てお話してくださり、説明を聞いているこっちがドキドキして目を背けたくなるほどでした。小児科の先生よりもわかりやすい説明で、とても安心できました。

ちなみにこの時、小児科の先生の診断を信じて普通の風邪用の抗生物質を飲ませましたが一向に熱が下がる様子がなかったため、インフルエンザ用のタミフルに切り替えました。その結果、半日で熱が下がりました。ということは結局インフルエンザだったということです。

この小児科へは2度と行くことはありませんが、処方箋薬局の薬剤師さんにならまた診察してもらいたいです。そして、あとで知ったのですが、あの薬局は評判のよい薬局で有名なのだそう(薬剤師の友人談)。求人が出ると、すぐに応募が殺到することで有名だそうです。<<薬剤師 求人 久留米>>
もし子供が大きくなったら、医師ではなく薬剤師を目指してほしいと思えるぐらい、素敵な薬剤師さんでした。

クレジットカードを持たなくても利用できる婚活サイトがあるんです

私には外国人の方とお付き合いをした経験があります。
彼は私の大学に留学生として来ていたアメリカ人で、共通の友達を介して仲良くなりました。

彼はスタイルが良くとてもイケメンで、私はそれだけで彼に好意を持ちました。
彼もストレートに私にアプローチされたことが嬉しかったようで、私たちが付き合うまでにさほど時間はかかりませんでした。

彼と出会ったのは彼が日本に来て間もないころでしたが、日本にくる以前も3年ほど日本語を勉強していたようで、片言の日本語会話は可能でした。
彼はとても勉強熱心で、彼が理解していなさそうなことを気遣って英語で説明すると「日本語でもう一回言って」とか、二人での会話中にきっと日本語だとわからないだろうと英語で話しかけると「日本語で話して」と私が英語で話すことをたびたび拒否しました。

そんな彼はどんどん日本語上達していきました。彼の日本語が上達していくのを隣で見ているのはとても微笑ましく、私にとっても嬉しいことでした。
また、私も英語でわからないことなど彼に教えてもらったりして、お互いに助け合えるいい関係を築いていました。

しかし、どうしても許せない彼の欠点がありました。それは酒癖の悪さです。
お酒に酔うと彼の目の焦点はおかしくなり、意味不明なことを発し、日本語もわからなくなってしまいます。
彼はベビーフェイスで可愛らしい顔をしていたので、アメリカでは軟弱にみられ、女性からは男性としてモテることはなく友達止まりとなることが多かったようです。そんな生い立ちもあって彼は自分を男らしく見せるため無理にお酒をショットしたり、煙草を吸ったりしていました。ですがお酒に強くはないのでしょっちゅうトラブルを起こしていました。

私は一緒に飲んでいない時でも、彼女というだけで彼の友達から連絡をうけ、彼が酔っぱらってるから迎えに来てほしい等の後始末を何度もさせられました。
一度警察沙汰になったこともあり、その時も彼の携帯の発信履歴にあった私宛に警察から電話がかかってきて彼の世話をさせられたこともあります。

そして質が悪かったのが彼が酔った時の行動を全く覚えていなかったということです。彼の酒癖の悪さが原因で何度もケンカしました。お酒を飲むなとは言わないけど人に迷惑をかけるなと何度も伝えました。
しかし彼はケンカの時は一切日本語を使わず英語で応戦してくるので私が言いたいことの半分しか伝えられません。
私が日本語で話してと言っても日本語だと言いたいことが伝えられないと英語で言い訳をしてきます。

結局私たちは破局しました。最後の引き金となったのは彼の浮気です。
彼はおそらく私以外の女の子と体の関係を持ちました。
私がそれを問い詰めると彼は英語で否定してきました。

その時の私は彼の主張を信じましたが、いつも彼を叱り続けている自分が、彼の彼女ではなく彼の母親のような気分になってしまい、また彼にはそんな私が束縛の激しい女に見えたようで別れるに至りました。

今となっては屁理屈にすらなっていない彼の言い訳も、浮気していないという彼の主張も、すべて「嘘」だったのだと思います。しかし、あの時の私は彼の発する英語という「言語」を理解していただけで、その裏にある本質には何も気づけませんでした。

日本人同士なら相手が嘘をついていても仕草や話し方で気付けるのに…あの時の私は彼のいう言葉すべてが本当のことだと信じていました。

どんなに外国語が話せても、その言語を超えて相手を理解するということは難しいのだと思わされた恋愛でした。

それでも外国語を話せるようになりたいという夢は諦められず、お金を貯めては海外留学やワーホリに行っていた私はすっかり結婚適齢期を逃してしまい、お金もすっかりなくなってしまいました。今は便利な世の中で、私のようにクレジットカードすら持っていない人でも(恥ずかしながら審査に通らずクレジットカードを持ってないので)利用できる婚活サイトがあるんです。⇒http://xn--eckolwr0e6adk95a9f9887acy1aiydky3g.com/

婚活サイトで、相手の内面をきちんとみつめ、本質を見抜いて素敵な人と出会えるといいなと思います。

東京でパート薬剤師として働く友人との再会

医者先日、学生時代の友人と集まったんですが薬剤師になっている友達がいて、昔から怪我の耐えない私なので色々と病院ネタで盛り上がりました。そのときに話していた病院の門前薬局が彼女が働く薬局だったんです。世の中って狭いですよね・・・・。今まで何度か薬局で薬ももらっていたのに全く気づきませんでした。

彼女と話したいた病院は、私が子供の頃から通っていた内科・整形外科で、両親もずっとお世話になっていた病院です。
体調が悪くなったらその病院へとりあえず行ってみてもらうというのが父の考え方で、専門の科が無いにもかかわらず先生に会って話を聞く為だけに診察を受けることもありました。

私が中学生の時、体育の授業中に不注意で足を骨折してしまった事があります。すぐにその病院へ診察を受けに行ったのですが、先生は私の顔を見るなり「お父さんは元気かな?最近顔見ないけどどうしてるかな?」と声をかけて下さいました。

「父は相変らず元気にしてます」と伝えると安心したようにして、やっと私の骨折した足を診て下さったのですが、足の裏をみるなりすぐに「君は遠足や運動会の時にはすぐに疲れるタイプでしょ。わかるよ、だって偏平足だもんね」と言われ、疲れやすくてもどうしようもないから休憩しながら運動するしか無いと言われました。

その辺りから「あれ?先生骨折した箇所見てくれてない?」と疑念を感じていたのですが、なかなかそういった指摘をする事は出来ません。その後も「お父さん最近胃の検査受けに着てないけど大丈夫なの、今度来たらすぐ出来るように予約いれとこうか」とか「腰の調子はどうなのかな。コルセット作ったやつ、使ってる?」等々、会話となると父のことばかりで一向に私の足はちゃんと診てもらえません。

結局父の話が9割、残りの1割が私の骨折の説明で、私が患者なのか父が患者なのか分からないほどでした。
診察待ちでほぼ丸1日かかる病院もありますし、先生との会話も無くほんの数秒で診察時間が終わってしまうこともよくある事です。そういった病院に比べると父との会話がほとんどだったというだけで、他に何も気にする事は無いのですが、なんだか私のことを全く気にしてもらえなかった事は残念でした。

おそらく先生は私の父が大好きなんだと思います。話しやすい患者というか、放っておけない患者さんだったのではないでしょうか。無言、無表情で診察されるよりはましでしたが、もう少し息子の私にも気を遣ってよ、と思った診察でした。

ちなみに私はいまだ独身なんですが、薬剤師の友人は一児の母で、パート薬剤師として働いているそうです。<<薬剤師パート東京>>
いい年になってきたので「なるべく病院のお世話になりたくないね」なんて言いながらも薬局で彼女と再会するのが少し楽しみになった一日でした。

膝関節を傷めて回復するまでの経験

関節痛私は25年ほど前に自転車で峠越えをしている時にダンプカーに巻き込まれそうになり、無理な体勢で避けて足をついた時に左膝関節を傷めました。その後も丸一日自転車を木々続けて、左右の膝関節を傷めてしまいました。

帰宅後に温熱療法をしている整骨院に通院し、足を引きずらずに歩けるまでに回復しました。骨折はなく、軟骨の異常しかないと自覚していたので病院には行きませんでした。傷めて1週間ほどで平地は普通に歩けるようになった後も下りの階段だけは強い痛みがあり、手すりに体重を預けないと先に進めない状態が続きました。

その頃通っていた飲食店の店員に話すと、柔道選手はそうなった時に鉄下駄を履いて膝を下から引っ張る様な負荷をかけて治すと教えられました。もちろん、街中で鉄下駄を履いて歩くわけにはいかないので、代替品を探しました。靴の中敷に鉛を含んだゴムを使用した製品がありました。それを購入して、散歩の時に履くと歩くほどに楽になる感じがしました。それで職場と通勤以外の外出には必ずその中敷を入れた靴を履き、歩き続けると1週間で階段を下りる時に感じていた痛みが無くなりました。それに気を良くして中敷のない靴で週末ジョギングすると、残念ながらまた痛みが再発しました。その痛みに懲りて重い中敷を入れた靴で次の週末からジョギングコースの3倍の距離を散歩しました。それを何週か繰り返すと痩せてきて、また走りたくなってきました。ですがジョギングの着地は意外に厳しく3キロメートルほどのコースの半ばで痛みが再発しました。再度、あきらめて重い中敷を入れた靴での散歩を半年ほど続けました。

そうしている間に膝関節には軽い違和感さえ無くなり、重い中敷を入れた靴を履くのも億劫になり走る必要もないので散歩も暇な時に歩くだけになりました。その後でリレーマラソンに参加する機会を得て、また練習すると膝関節の痛みは再発しました。今度は膝の痛みに効くサプリメントを飲みつつ、重い中敷を入れた靴を履いた散歩をして痛みなく走れる様になり完走しました。